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それは盛子だつた。きりつとした割烹着の姿は彼女の伸びやかな身体の特長をよく現はしていた。
「まだ、まだ」
と云つた。
座敷へ案内されて、まず自分の居どころが決まると、携帯の荷物をかたづけて、型のごとくに入浴する。そこで一息ついた後、宿の女中にむかって両隣の客はどんな人々であるかを訊きく。病人であるか、女づれであるか、子供がいるかを詮議した上で、両隣へ一応の挨拶にゆく。
実際盛子をせき立てることは何もなかつた。房一は上着だのズボンだのを脱ぎながら一人で慌てていた。何かしら騒ぎだつた。ネクタイがうまくとけなかつた。カラアが外れにくかつた。靴下から足が抜けなかつた。これらの物を畳の上にまき散らかせ、足にひつかけしながら、房一はそこらを高麗鼠こまねずみのやうにぐるぐる舞ひをした。それは図体が大きく不器用なだけに恐しく滑稽だつた。盛子は笑ひながら房一について歩き、その腕からワイシャツを巧みにはぎとり、散らかつた物を手早く始末した。
それは、開業当時のあの身体が自然と弾はずんで来るやうな、患者に向ふと必要以上に診察したり、相手が求める以上にくはしい説明を長々と熱心に云つて聞かせたり、忙しげに薬局と診察室の間を往来しながら待つている人達に声をかけたり、さういふ房一の活気にみちた様子が見る人ごとに快い気持を惹き起させた、そんな張り切つた頃にくらべると、今はまるで時間が急にその歩みをとめて、のろのろと動いているやうに感じられた。
「フム」
二人は今船で流れの上を渡つていた。綱を手繰たぐる徳次のわきには房一が自転車のハンドルをつかまへて立つていた。全体に銀白色の金属でつくられたこの自転車はいかにも新しげだつた。それさへ、徳次の目には医療器具か何かのやうに特別な機械に見えた。
「いや、まだ」
ゆつくりと時間をかけて、楽しみ楽しみ喰べた。それは喰物のおいしさよりも、かうやつて小娘のやうな真似をするのがおいしかつたのだつた。
勿論、その時代には温泉宿にかぎらず、すべての宿屋が大抵古風なお粗末なもので、今日の下宿屋と大差なきものが多かったのであるが、その土地一流の温泉宿として世間にその名を知られている家でも、次の間つきの座敷を持っているのは極めて少い。そんな座敷があったとしても、それは僅わずかに二間か三間で、特別の客を入れる用心に過ぎず、普通はみな八畳か六畳か四畳半の一室で、甚だしきは三畳などという狭い部屋もある。
房一は何もかも忘れていた。日頃の思案深げな額の皺はいつそう強く刻まれていたが、それは却つて或る夢中な輝きを示していた。彼は何ものかに捕へられていた。何かが胸の奥深くでよびさまされているやうであつた。首筋に焼けつく日の暑さ、水流のきらめきや、絶えず水に濡れて黒く光つている沈み岩の頭、滲み出る汗と共に何かしら揉まれしぼり出される身内の或る物――それらは彼の幼時の記憶に確しつかりと結びついて、その頃の漠とした幸福感を近々と思ひ出させた。
それは背広姿に、遠目にもはつきりと判る緑色のソフトをかぶつた男であつた。